師走にちなみ、陸送屋Yの走らない「師」について...

query_builder 2021/12/24
ブログ
有限会社嶋屋


こんにちは、嶋屋のYです。
本日は12月24日金曜日です。
12月24日と言えば、そうス・ですね!


先日陸送の仕事で千葉の船橋駅に行った際、
♪~ジングルベルのメロディ~と共に
懐かしいクリスマスソングが流れていました。


その時ふと思い出しのが
まだ私が若き者と呼ばれし頃、( ˘ω˘ )


山下達郎の「クリスマス・イブ」を聴きながら
好きな子と独り「夢」語りし
胸ときめかせていた昔の記憶、
そんなものが懐かしく蘇り...


きっと貴方にもあるはずです...でしょ!?


しかし残念ながら、あの頃のような

妄想だけが突っ走っていくような若気の勢いは

すっかり枯れてないものの、


けれど確かに脳内には「クリスマス・イブ」と共に

かつての甘酸っぱく、心地よいジングルを心の中に響かせていました。


ちなみに山下達郎の「クリスマス・イブ」、

リリースは1983年(昭和58年)なんですね。

もし、私は生まれてないわ、そうおっしゃる方がいるのなら


間違いない!

あなたは陸送業界期待のホープですよ!


山下達郎の「クリスマス・イブ」で有名なCMといったら

同世代の方なら誰でも知っているであろうアレですよね。


『JR東海 X'MAS EXPRESS』

  きっと君は来な~い♪


ユーチューブで今視聴すると
少女の深津絵里がわざとらしいお涙演技でちょっと(笑)ですが、

当時多くの若者たちは


こんな恋してみたい!


そう憧れて見ていたのではないでしょうか。

CMの中、まだ携帯などこの世に存在しない時代


恋人同士のやり取りは直筆の手紙で


その置き手紙に彼女が歓喜したり...
CMに登場するのはかつての100系新幹線だったり...


懐かしい映像いっぱいですので、ググってみるのも楽しいですよ!


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さて、今年の陸送もほぼ仕事納めです。
皆さまはどのような1年だったでしょうか?


私にとっては、この陸送という仕事の
新たなNEXTステージに進む土台作りに徹した1年でした。


このブログに取り掛かり始めたのもちょうど1年前からです。


働き型改革が叫ばれて久しいですが、掛け声ばかりが先行し
実際、個人レベルでどのように改革していけばいいのか、

中々具体的に見えない中、


まずは情報発信と、手探りでブログを始めました。


兎にも角にも、一般には知られづらい

この「陸送屋さん」という仕事を


運送とかトラックの仕事とかに携わった経験がない

自分にしか紡ぎだせないような文章で、

分かり易く、時にはマニアックに情報発信をしながら

私は私の中で、自分自身の働き型改革を行ってきました。


その副産物として

ブログを書くようになって、

それまでとは違った別の角度から
陸送を見つめることができたように思います。


幸いにも、このブログを契機に個人の方から陸送依頼も頂きました。
ブログなんて、たかが仮想web上の文字の羅列にすぎません。


しかし現実空間で陸送契約にまで結びつける力があるのだと

自分自身にとっては感動に近い励ましの出来事もあったりです。


また、先代社長の夢でもある、貨物運送事業へのチャレンジや
新たな業務である、バス回送事業など
今年蒔いた種にしっかりと水と栄養を与え、

来年以降につなげていかなければなりません。


バス回送事業に関してはまだ始まったばかりで、
もちろんそれまでバス整備の現場など見たことはありませんでした。


総勢40名ほどの整備士さんたちが真っ黒な油にまみれ、
バスの床下に潜り込み、テキパキと整備している姿を見て


公共交通機関であり、何十人もお客様を乗せるバスという乗り物の回送、
そして何より、目の前で若い整備士さんやベテランの整備士さんが
油まみれで点検した大事なバスの回送を任されているというこの任務、


この任務は責任重大だぞと、

毎回手に汗握る思いで、

水の呼吸ならず、全集中でハンドルを握って陸送してきました。


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さてさて話は変わり、12月は「師走」とも書きます。
語源に関しては【師(先生・坊主)】が走るかどうかなど諸説ありますが、
今回は勝手に師走つながりで、私の陸送の「師」についてちょっとだけ。


何度かブログでも書きましたが、

私は陸送業に就く前はまったく車とは無縁な

サービス業に就いていたため
嶋屋に入社した際、バスどころか、

トラックの事など何も知らない男でした。


それまで乗ったことのあるトラックと言えば、

学生時代にコカ・コーラや自販機の設置アルバイトで
中型トラックの助手席に乗ったことがあるくらい。


どうせ車に関する仕事をするならと

(それまでは陸送ということば自体知らなかった)

入社前に大型免許や二種免許を取得し、

その時初めて大型平ボデーや路線バスに乗りました。


そんな私が嶋屋に入社して最初に乗ったのが、忘れもしません
日野自動車 古河工場から出荷した中型トラックFC2Aです。


古河工場から埼玉県日高市にある日高プールまで距離にして約86km。
新米陸送ドライバーは反射板や仮ナンバーの装着もまだ不慣れな中、

出発しました。


一緒に同行して下さったのが、弊社Oさんです。
同行といっても、運送屋さんの新米ドライバーが

ベテランさんを助手席に乗せて...というのとは違って


基本、陸送は一台の車両につき一人の運転手しか認められないので
当たり前のように、

私は一人で初めて乗る中型トラックのハンドルを握っていました。


日高プールまでの経路はみっちり頭に叩き込んであるので

不安はありませんでしたが、
やっぱりトラックが、まして工場から出来上がったばかりの

丸裸の「シャーシ」状態の車が
どんな挙動をするのか不安でたまりませんでした。


そんな不安が真っ先に迫ったのが、メータパネルに表示された


「燃料残少」という文字。


えっ~燃料入ってないじゃん!


途中、国道沿いのスタンドで燃料補給する予定になっていたものの
初めて乗るトラックがいきなり「燃料残少」なんて

残酷過ぎだと思いませんか!


今となっては、この仕事、「燃料残少」がむしろ普通であって

タンクを降ろした架装改造などすると

逆にメーターパネルの燃料計など、当てにならないこともあり

燃料計の指示値などは信用していません。


したがって、我々陸送マンは原始人のごとく
燃料タンクの残量をジッーっと眺めて、


よしっ、OKー!


となるのです。


しかし、当時の私はまだ青2才、
すかさず、Oさんへ


「すみませ~ん、メーターに『燃料残少』ってあるんですけど~?」


すると、


「だいじょうぶ、大丈夫、そんなの陸送やってたら普通だから!」


「そぉ、そうなんですか....」


あ~、あの頃が懐かしい。


かくして、

予定通り国道沿いのエネオスで燃料を規定量補充し

86km先のゴールを目指しました。


ちなみに、ここでの給油量10Lを入れても、

先ほどの「燃料残少」の表示は消えてくれませんでした...


不安でたまらなかった、我が陸送人生初めての回送は
このように始まりました。


その後、Oさんには東洋ボデーを始め
いくつかの納車先に同行して頂き、

陸送事始めの最初の「師」として大変お世話になりました。


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陸送回数を重ねるにつれ、

次第にトラックの挙動も理解できるようになり
工場からプールといった固定ルートであれば

少し自信もついてきた頃、その指令は突然やってきました。


当時、配車係をやっていたNさんから


「Yさん~、明日 金沢 行けるぅ~?」


「ええっ!カ・ナ・ザ・ワァ~!!!!」


無理です、ムリ、絶対ムリ、


内心そう思いながらも、口をついて出たのは


「行程に余裕があれば、

た、たぶん、大丈夫だと思います、ハイ、頑張りますっ!」


「うん、じゃ頼むね!」


「ん.....」(>_<)


こうして翌日、初めての金沢へ向かう事となりました。


日野自動車陸送関係者の中で金沢といえば、
もちろん架装会社トランテックスのことです。


この日も荷台に何~もないシャーシを日高のプールから陸送しました。
陸送したのは車型FC2Aという

中型トラック、風防なしの車でした。


この時一緒に同行してくれたのが、

元引っ越し屋Aさんです。


Aさん、

それまでの職業人生の殆どをトラックを相棒に生きてきただけあって
トラックの特性や各方面の道路事情など多くの事を知っている男です。


片やこちとら、まだひよこちゃんの毛色がやっと変わったくらい。

同じトラックを陸送するには、経験値が天と地ほどに差があり、
さぞ一緒に走るには面倒だったに違いありません。


『陸送業界の常識は世間の非常識』とよく言われますが、
日高~金沢間の約500km超えを、

手練れの陸送屋さんはノンストップで運行します。


元々長距離ドライバーでもあったAさんですから、
きっと一人であればトイレ休憩1回挟む程度で陸送したことでしょう。


しかしその日はやっと羽根が白くなり始めた若鳥と一緒です、

そうもいきません。


日高配車センターを出発してから、

圏央狭山日高ICで高速道路に乗り


①甘楽PA

②千曲川さかきPA

③名立谷浜SA

④越中境PA

⑤小矢部川SA...


途中5箇所の休憩ポイントを用意し金沢まで引っ張ってくれました。

ん~感謝です、ありがとうございました!


途中、道路状況などでAさんのバックミラーで

私の車両が目視確認が出来ないくらい車間距離が開いてしまう時は、


「離れてもいいけど、俺のミラーには入るようにしておいてね」


そう声をかけて頂き、

終始安心して初めての金沢詣でを無事に遂行することが出来ました。


その後も、事あるごとに長年のトラック運転の経験を聞かせて頂き

大変参考にしている嶋屋の陸送ドライバーです。


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最後にもうお一人。


初めての業界で順調に成長し、羽も白く生えそろってきた頃
陸送するトラックも段々と大きくなってきました。


その内、プロフィアなど大型トラックの完成車を陸送し始めた頃です。
出荷場所は忘れてしまいましたが、

嶋屋のアルバイトとして現在も活躍頂いているSさんと

都内の港へプロフィアを陸送している時でした。


首都高速の永福料金所手前は案の定いつものように断続渋滞していました。
その先料金所の一般レーンに入るため

ウィンカーを出して車線変更しようとするのですが、
先を急ぐ乗用車は大型トラックが前に入ることを嫌い

中々進路を譲ってはくれません。


それを見かねた私の後ろを走っていたSさん、

適切なタイミングで車線変更し、
その後パシャパシャとパッシングをして


「Yさ~ん、先入っちゃって、どうぞ、どうぞ💛


と、微妙なアクセルワークで大型車が入れるスペースを見事空けてくれ、
私は料金所手前までに無事進路変更することが出来ました。


進路変更を終えるとすかさず、ハザードランプを数回点滅


「ど、どうもありがとうございま~すっ!」


と心の中で謝辞を唱えたのは言うまでもありません。


Sさんは本業は送迎バスの運転士をしており、
どんな交通状況でも複数のバスを円滑に編隊走行させることが出来る
咄嗟の判断みたいなものに大変優れている方で、
毎回とても参考にさせてもらっています。


こうして振り返ると、ほんと多くの人に助けられ

ここまで来れたんだとあらためて感じます。


このように嶋屋には、個性的で優しい

陸送マンたちがこの他にも大勢おり、

私も先輩ドライバーを見習って、かつて自分が受けた恩義の数々を

後輩陸送ドライバーに伝えられる存在になれればと思っています。


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ブログをお読み下さっている皆様へ


1年間当ブログにお付き合い下さり ありがとうございました。


経験はまだまだ足りませんが、
来年も、またその次も、この陸送という仕事の更なる深みと、

新しい発見の為ブログを通じて情報発信していきますので、


嶋屋への変わらぬご愛顧と当ブログを

来年もどうぞ宜しくお願い致します。<m(__)m>


こうして大きな事故なく無事に年を越せると思うと

ほんと、じ~んと泣けてきます。歳のせい?(>_<)

最後に、

全国の陸送マン&陸送ウーマンの皆さま
本年もお疲れさまでした!!
年末年始、それぞれに良いお年を~!(^^)/


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